大阪大学生の実験レポートの実例3つ

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例1:視野の上下逆転と運動

1.目的
私達が外界を視る際、外界の光は水晶体を通るため上下左右が逆転して網膜に投影される。投影された像は修正されず脳に送られるが、網膜像と実際の世界の対応を後天的に獲得することで、脳は私達の気づかないところで像を逆転させ、思い通りに身体を動かすことを可能にしている。上下逆転眼鏡を用いて筆記作業を行い、視覚と運動の関係や脳による行動の調整を考える。

2.方法
課題1:上下が逆転した英文を、まずはそのまま読み、次に上下逆転眼鏡を着用して読み、最後に最初の一文または数語を書き写す。
課題2:上下逆転眼鏡を着用し、所要時間を測りながら縦線・横線・五芒星をペンでなぞる。

3.結果
課題1:上下が反転した英文をそのまま読むのは困難で、一文字一文字頭で考えて判断していた。しかし、上下逆転眼鏡をかけると通常通り読めるようになり、読む速度も格段に速くなった。
課題2:所要時間はそれぞれ、縦線は30秒、横線は22秒、五芒星は2分15秒であった。縦線は易しく、大きくずれることなくなぞることができた。横線は左右の逆走はないものの上下のずれが激しく、なぞれているとは言い難かった。五芒星は自分から見て真横に線を引いた時約70度になる線は比較的ずれが少なく、約35度になる線は激しく上下し、0度になる線は横線と同様になった。自分以外の生徒の結果を見ても、横線より縦線の方が易しいという生徒が多かった。全般に、左右は逆走しないが上下は頻繁にずれ、修正してもまたすぐに同じ方向へずれていた。

4.考察
課題1の結果は、私達は上下左右が逆のものを認識するのが苦手だということを示している。課題2の結果と合わせると、頭で逆転していることが分かっていても、慣れない視覚の中で行動をとることは非常に難しいことが分かる。
線は点の集まりである。その線をなぞるという単純な作業が出来ないのはなぜだろうか。人間の手は正確ではないから、通常の視覚で線をなぞる際にもずれは生じているはずである。それにも関わらず波線になったりせずおおよそ線の上をなぞることができるのは、ずれが生じても即座に修正をかけることができるからだと考える。そしてこの修正は無意識によるところが大きいのではないかと推測する。眼鏡をかけている人は当然自分が眼鏡をかけていることが頭ではわかっているはずなのに、線をなぞれないからである。上下が逆転している視覚では、視覚上「上」にずれたと認識しても、手は「下」に動いた結果である。このことで混乱し、「上」にずれたなら手は「下」に動かさねば、と感じそう動かすが、視覚上の手は「上」に移動している。この流れは無意識で瞬発的に行われ、ずれが明白に大きくなった段階でずれを意識する。そしてその気付きと、上下が逆転しているという理解をもとに、視覚と手の感覚を切り離して意識的な修正を行う。
これらをまとめると、意識的な思考と無意識的な感覚には大きな隔たりがあり、感覚は思考によってやすやすとコントロールできるものではないということが分かる。また運動の制御は、その大部分が感覚によってなされていることも言える。

5.資料
田口善弘(発行年不明)「反転映像を脳が解釈」, (参照2015-12-1)

例2:視野の左右逆転と運動

1.目的
 重力と自らの身体の関係を調節し、姿勢を維持したり立て直したりする行為には、平衡感覚だけでなく視覚もまた強く影響する。左右逆転眼鏡を着用して歩行運動を行うことにより、この視覚の姿勢調節への影響を体験し、考察する。

2.方法
課題1:左右逆転眼鏡を着用し、目標物に向かって歩く。
課題2:課題1と同じことを、級友に腕を引いてもらいながら行う。

3.結果
 歩くのは難しく、ふらふらとする。目や頭が疲れ、吐き気もある。首を回すと気持ちが悪くなるので、方向転換の際に身体だけを動かし、顔の向きはそのままにしておく。初めのうちは歩くことが出来ても、終盤になると立ち止まったり回転してしまう者が多かった。また遠くを目標にする方が歩きやすいという意見があった。

4.考察
初めよりも目標に近づいてきた頃のほうが、より歩行が困難であるのは、身体が同じくらいぶれたとしても、目標が遠いと自分がもといた位置・目標・自分が今いる位置の3点がなす角度が小さく、相対的なずれも小さくなるので、少し反対に動くだけでずれを修正できるのに対し、目標が近い場合は角度と相対的なずれが大きく、視界がめまぐるしく変わり混乱してしまうからだと考える。
 実習①では、上下が逆転している中での筆記作業は、多少困難ではあるものの最後まで遂行できないということはなかった。それに対して今回の実習は難易度が高いように思われる。左右のぶれの修正も、基本的には実習①で考察したものと同じような段階を踏むものと推測する。しかし、上下逆転眼鏡は、普段の記憶からすぐに視界がおかしいことに気づけるが、左右逆転の場合はそうはいかない。飲食店などで、壁に貼ってある大きな鏡を見ると空間が鏡の向こうにまで続いているように感じることがある。これは、私達にとって左右が逆転した視界を疑うのは難しいということを示している。このことが、左右が逆転している視界における左右のぶれの修正を、上下が逆転している場合の上下のぶれを修正より難しくしている。左右が反転した中では疎外感があるという意見があったが、これも同じ理由によるものである。視界は正常と感じられるのに、運動を行うと異常な結果が返ってくる。このことが、「いつも」と違う、自分はおかしくなったのか、「あちら」の世界に行ってしまったのではないかという不安を生むのであろう。もちろん、当人は自分が左右逆転眼鏡をかけていることは了解している。やはり、思考よりも感覚のほうがはるかに強く運動をコントロールすること、そして思考と感覚には隔たりがあることがわかる。

5.資料
林部敬吉・横山義昭(1990)「上下・左右逆転眼鏡順応事態での種々の遂行行動の変容」,< http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/bitstream/10297/2240/1/080609001.pdf> (参照2015-12-3)

例1:視野を水平にシフトしたときの運動順応

目的
狙った場所にものを投げるという行為は、自分とターゲットの距離の把握、投げた軌道の予測、及び腕・手・指のコントロールを必要とする。失敗すれば、それをもとに修正を行い、次第に正確な動作ができるようになる。これは、感覚情報をもとに運動を行うと再び感覚情報が得られるように、感覚系と運動系が常に情報交換を行っているからである。プリズム眼鏡で視野を水平に17度偏位させて運動を行い、順応が生じた後に眼鏡を外して再度運動を行うことで、視覚と運動に関する順応を体験する。

方法
机の上に置かれたポール(投げる者から1mの距離に置く)に向かって10回輪を投げる。輪の落ちた位置が右か中央か左か記録する。
視野を右に約16.7度偏位させるプリズム眼鏡をかけ、30回輪を投げる。落ちた位置を記録する。
眼鏡を外して20回輪を投げる。落ちた位置を記録する。
実験の結果をグラフ化する。

結果
 最初の10回は全て中央、眼鏡をかけた30回は3回目まで右にずれ、後はほぼ中央、眼鏡を外した20回は4回目までと6回目が左にずれて残りは中央となった。
 中央を0ポイントとして、左を-1ポイント、右を1ポイントとし、<ポイントの累積/試行回>の計算を行ってグラフ化した。

考察
 プリズム眼鏡をかけた際に投げた輪が右にずれるのは、視覚のみがシフトしていて空間の感覚は変わっていないからであると推測する。視覚上ポールがα度右にあるように見えると、手はα度右を狙って輪を投げる。しかし、投げられた輪は視覚上約(α+16.7)度右に落ちる。これは視覚と手の感覚が16.7度ずれているからである。
 試行を繰り返すと、手の感覚が視覚に合うように矯正され、ポールの方向へ正しく投げられるようになる。しかし、数十回の試行では矯正が完全ではないため、ずれを「意識」したりするとまた輪がずれてしまう。
  眼鏡を外し視覚が正常になると、右に向かって矯正された手の感覚を基準にすると視覚は16.7度左にシフトしていることになる。そのため、眼鏡をかけた際とは逆の方向に輪がずれるようになる。眼鏡をかけている間、輪投げが上達しなかった者でも、眼鏡を外すと輪が左にずれるため、腕や手のコントロールの得意不得意に関わらず手の感覚の矯正は行われると言える。
この結果から分かることは、人は視野が偏位したとき、運動を行うことによって視覚と空間感覚のずれを感じ、次の運動の際に空間感覚を視野に近づける能力を持つということである。矯正は運動の試行回数が増えるほど進む。実習①・②と比較すると、上下または左右の逆転よりも平行偏位の方が順応しやすいことが分かる。

資料
住谷昌彦(発行年不明)「神経障害性疼痛の高次認知機能障害と視野偏位プリズム順応療法」,< http://www.maruishi-pharm.co.jp/med2/files/anesth/book/30/8.pdf?1368761789> (参照2015-12-2)

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